そこの君、死ぬ前にちょっとだけこのブログ見て欲しいんだけど…続・追記

人間関係

因みに↓が記事の本チャン、先に見た方が分かりやすいと思う

どうも、4takaです!!

こうなんだ、ああなんだっていうより自分の経験したことをちゃんと伝えるべきだと思い、追記みたいな感じで今回は書きますが、完全に自分自身の内容なので誰かがそうだったとかじゃなく、本当に僕は悩んでる人の気持ちが少しくらいならわかるつもりです。

僕もそうだったからこそ考えてもらいたい、悩みを取り除くための行動を。

自分一人では解決できなくなってしまうほど周りが見えなく、ベストな方へと考える力すらなくなってしまい、負のスパイラルにはまってしまった時は本当に辛かった。

いや、辛いといううより恐怖でしかなかった。

少し先の未来すら考えれない、何もうまくいかない。何もかもがネガティブな思考でしかない。抜け出すという道よりも、如何にこのままの状態で他に対してのアクション・変化を求めず自分が適応しなければいけないのか。

はじめての絶望

まずは初めて絶望を感じたときの話を。

僕は両親が離婚していましたが父・母どちらとも仲良くしていました。父と母は住んでいる県が違い僕は行ったり来たり。社会に出る前は母との生活。

母は多くの借金がありロウソクで生活をすることがあるような家庭でした。(深い部分は次回話します)もちろんそれは裕福な家庭ではないよね??

そんな理由があり、僕は社会人一年目から夜の世界に飛び込んだ(果たしてホストは社会人なのか疑問があるが)手っ取り早いし余計なお金がかからないように。

家を出る際、母がくれたのは本当になけなしの3万円だった。そして、その3万円が社会に出るための僕の全財産となった。

今考えたらゾッとする、家も何もない状態で知らない土地に行き、大人の知らない世界に足を踏み入れる自分の全ては大事にしまったポケットの中の3万円。

まぁ、運がいいのか悪いのかそのホストには後払いの寮があって家は何とかなりました(電気も付いてない1K6畳に男二人で家賃は一人7万円www)

初任給の手取りは1657円だった。色々引かれモノがあったらしくその額なんだと。

今でも決して忘れない。

これが社会人生のスタートだった。

金がないから何も食べれない。店のお菓子をバレないように少しづつ食べて腹を膨らませるしかない。

まだ新人で、激戦の店だったのもあり上手くいかない人間も多くみんなストレスを抱えていたのか、仕事終わりには毎回店内で酔った先輩たちから向けられる灰皿や空瓶が空を舞う、階段から蹴り落されたりも普通にあった。

酔った状態で川に突き落とされたりする人間もいた。これ以上はコンプラが・・・苦笑

そんな地獄絵図な関係性の状態で先輩ホストを差し置いフリー(新規客)のテーブルになんか着かせてもらえるわけもなく、指名なんか取れない、指名がなきゃ給料も増えない。なにもかもが辛かった。金もない、食べるものもない、貧乏な実家には帰る場所もない、近くに友人もいない、仲間もいない、逃げる場所がない。

本当に毎日地獄だった。。。毎日怒られ、自分がダメなんだと毎日惨めな時間を過ごしていた。

もうその時には入っていた。負のスパイラル、小さなコミュニティの中だけでしか物事を判断できない自分になっていた。今が全て、世の中はこのコミュニティでしかないと。

環境を変えようなんて一切思い浮かばない状態は本当に宗教に洗脳された人間となんら変わらないと思う。

その状況が続くと『死んだほうが楽しいかも』とよく考えるようになっていた。

ほぼ毎日、今思えば恥ずかしいが、マンションの下裏の小道で誰にも見つからないように涙を流していた。

その時一人の男の人が通りすぎていった。さすがに恥ずかしいので、泣いているのがバレないように顔を隠した。

しかし、すぐに足音が戻ってきた。

『お兄ちゃん、よくわかんないけど泣く位に辛いなら逃げちゃいなよ!』

『逃げる勇気も必要だよ!』

その人は30代くらいの見るからに怖そうな見た目で、身に着けているものはすべて高そうなものばかり、たぶんそっち系の人だろう。

ただ、そんな怖そうな人からの『逃げ』っていう思いがけない言葉だったからなのか、自分が弱り切っていたからなのかめちゃくちゃ心に響いた言葉だった。

『逃げるって駄目じゃないんだ』って驚いた。

なんとも言い表せない感覚が僕の頭から全身に走った。体中の鉛が一気に落ちていき、救われた気持ちになったからなのか、何故か自然と笑みがこぼれた。

その顔を確認してか『元気出るまで頑張るなよ!』と言ってその人は少しだけ笑いながらまた歩いていった。

その人は僕の事なんか覚えてもいないだろうが、僕にとっては一生の恩人だ。絶対に忘れない人。

それから僕の思考はホストという小さなコミュニティの外にも目を向ける事が出来るようになってポジティブな答えを出すことが出来た。

もちろん、仕事において我慢や努力は必要だけども『死にたい』と思ってしまうほどの仕事に我慢なんか必要ない。だから、違う場所で頑張ろうって。

そう考えれるようになってからは、なぜか辞めようと思った仕事も上手くいきだしそれなりに稼げるようになっていた。

しかし、気持ちは変わらず、自分の中での目標達成と同時に約半年間のホスト人生で環境を変える決断をした。

今思えばそれは絶対に間違いではなかったと思える、人生の大事な選択だった。

だからこそ思う。

いまが辛いのであれば違う道を選択することはいくらでもできるんだと。

いまの時間・場所・人間が人生の全てではないということを。

人間は嫌でもいつか死ぬ。

その時までは何回逃げてでも、何してでも、失敗を繰り返してでも自分の笑える場所を探していこう。

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