自分は何がしたいのか、何をするべきなのか③

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では、早速ですが前回の続きを書いていきましょう。

自分の無知さを目の当たりにする

僕が伺ったのは重度障害を持たれている方などの自立支援生活センターなどをNPO法人(特定非営利活動法人)で運営されている団体さんです。

最初に、代表の方のお話を2時間ほど聞かせていただきました。その時点で、僕は引き込まれたというのは言葉が不適切なのかもしれないが、グッと心を掴まれました。

その方はその地域の介護(介助)のパイオニア的な方で、もっと多くの介助を必要とする人達を健常者の日常生活の中で、目の届く所で生活を送ってもらい何が必要なのか、世の中の何がおかしいのかを知ってもらおうと長年活動さている方です。

介助(介護)を必要としている人達の為に動かれ、大きく世間の介護の認識・在り方を変えた大きな存在といえます。

さて、いきなりですが皆さんは文字盤といものをご存じでしょうか?

透明なプラスチックのような薄い物に”あいうえお・・・”とひらがな等を規則的に並べているものです。(ネットで介護 文字盤 と検索すればすぐに出ます)何に使うかわかりますか?

会話をするために使うモノなんです。首から下が動かせずに、声も出せない方が会話をする大切なコミュニケーションツールのひとつです。

では、身体も動かないし声も出せないのにどうやってそれで会話するのか分かりますか?

視線の先にどの文字があるのかを読み取って(感じ取って)会話をしていきます。とても難しい方法ですが、慣れると言葉で会話するのに相違ないくらい早くなります。

僕はこんな方法があるのか!?と驚きました。

というよりも、どんな事でも必ず解決する方法があるんだ!!と思ったことの方が印象深かったです。

当たり前とは何かを考え直さなければいけない

生活を送る上で健常者である僕たちは何不自由なく五体満足で生きていけます。

自分の足で歩けます、自分の手で物を取れます、自分の声で言葉を発せます、自分の食べたいものを選び食べれます、何でも自分で出来ます。それなのに、僕らは何かあるとすぐに諦めていませんか?

人間関係が上手くいかない、お金がないから何もできない、めんどくさいからしない、それは諦めで逃げていませんか?日常生活を送る上で介助を必要とする方達はそんな健常者の何倍も何十倍も大変なんです。

例えば、言葉を発せないから人とのコミュニケーションを取るのが困難であり、健常者からは一線引かれているのが分かるが、それでも諦めずに自分の意志を伝えようとし、一所懸命に相手の意志を汲み取ろうとされます。

僕らが当たり前に何にも考えずにしていることが、当たり前では無いという事実がある。

そして、僕らが当たり前に思っていることを出来ないのが、当たり前だと思って生活をされている介助を必要とされる方達。

僕たち健常者は人として大丈夫なのか?とふと疑問を持ちました。心の中は間違いなく逆転しているなと。。

介助を必要とされている方の中には、スーパーなどに行っても、気になって見に行きたい所に行くのを諦めるという方がいらっしゃいました。 ほんの1~2メートル先であっても。

『行けない訳じゃない、ただ健常者の人に嫌な顔をされたり迷惑そうにされることがあります。不快に思わせたくないから行かないんです』

こんなことを思わせてしまってていいのだろうか?今のままでいいのだろうか?

もっと手を差し伸べて協力しなくちゃいけない、本来気を使わなくちゃいけない僕らよりも、要介助者の方が健常者に気を遣う状況。

絶対みんなにそうしてくれとは言わない、気付いた人だけでもいい、無くしましょう。少しづつでも、一人づつでも、気持ちをや意識を変えて、そんな世の中変えていきましょう。

”みんな同じ”の世界に。

何が必要か、何がしたいのかが見えてきたきっかけをくれた大変貴重な出来事でした。。

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